人生の上級者を目指すなら

自分よりも年上の女性が手掛けた書籍を読んでいると勉強になることが多いものです。経験値の高い方々が書いた作品には重みと濃厚さ、そして粋な楽しみ方がつまっているからです。それはおしゃれにおいても同じだと思います。年齢を重ねて熟知したファッションセンスは基より、本当に自分に似合う洋服を装っている人はとても魅力的だからです。
数ヶ月前にファッションについてのドキュメンタリー映画を観ました。ニューヨークで暮らす年を重ねた女性達の生活を取材したものです。出演者は60歳以上のパワーみなぎる方々です。この作品の監督は斬新な服装に身を包んだ女性達を街角で撮り続けてきました。そして撮り貯めた写真が有名ファッション誌の目に留まり、被写体となった方々の魅力が話題となったことが映画制作のきっかけとなったそうです。確かに出てくる人達は独自のセンスを持っており、色使いやアクセサリーの使い方が斬新でした。このスタイルは洋服だけではなく、ライフスタイルにも言えることなのです。それは自分軸を持ち軽やかに振る舞うことができる姿勢なのだと思います。
この映画に出演しているような人生の上級者になることは、ただ年齢を重ねるだけではなくどう過ごしてきたかが大切な要素になるのでしょう。そのポイントは、辛いことも嬉しいことも自分の身に起きたことをしっかり受け止めて生きてゆくことなのではないかと思います。そんなライフスタイルが魅力となり、豊かな感性に繋がってゆくだと思います。これからもそんな人生の上級者達の作品からたくさんのことを学んでゆきたいものです。

クールと斬新さが魅力の80年代カルチャー

先日80年代の邦楽がかかるスナックに行きました。私の知人が行きつけの店ということもあり、スタッフの女性やママさんとも仲良しだそうです。そのためか気風のいい若いママとも会話が弾みとても楽しい時間を過ごすことができました。
そして何よりも印象深かったのは店内のテレビ画面に映るPVとその画面を観ながら歌うサラリーマン達の姿でした。始めはそのノリに入り込むために必要なテンションを上げることに一生懸命でしたが、いつしか口ずさみそしてリクエストしている自分がいました。
さて80年代といえば音楽だけではなくファッションや文学などの幅広いカルチャーで斬新なことがたくさんあったように思われます。特に当時のファッションといえば肩パットが入ったスーツが思い出されます。PVにもたくさんのミュージシャン達が肩パット入りの洋服を身にまとっていました。肩パット以外にも当時のファッション誌のページをめくれば、ボディコンやテクノカットなど今の時代では出会えないもの達が凝縮されています。
その時代を生きた人もその頃まだ生をうけていない人も80年代カルチャーに接するチャンスがあるなら、是非触れてみるのもいいかもしれません。きっとワクワクすることがたくさんつまっていることでしょう。

雑誌から得る女性の充実した生き方

数週間前の週末に美容院へ行ってきました。美容院での時間は、心と体をリセットするためにも大切なひと時です。スタイリストさんやお客さんと会話をすることや雑誌をくまなくチェックすることで、長い施術時間もあっという間に過ごせるものです。私の美容室での過ごし方は主にファッションや料理雑誌を読む事が多いです。ファッション雑誌からは最近のトレンドのアイテムやコーディネートなどを知ることができますし、雑誌に掲載されているコラムなどを読む事で様々な情報を得ることができるのも楽しいものです。最近ではファッション以外のコーナーも充実しており、経済情報や貯蓄方法、キャリアを積んだ女性のインタビューなどの記事はとてもよい勉強になります。
先日読んだ雑誌には、数々の洋画作品の翻訳を手掛けている女性翻訳家2名の対談が掲載されていました。現在40代の女性と翻訳歴20年以上のベテラン女性の対談でとても興味深く読むことができました。その仕事に就いて20年以上の歳月を経た翻訳家の言葉からは仕事に対するプロフェッショナルな姿勢が垣間見ることができ、現代社会で生きる女性達にも役立つ知恵をたくさん吸収することが出来る内容になっています。また一番驚いたことは、この仕事を始めたのは40代を過ぎた頃だったということです。もっと若い時から従事していたと思っていたので、正直驚きました。しかしながら、この方の仕事振りを拝見していると、幾つになっても新しいことにトライすることは遅くないと思うことができます。これは、今生きる30代、40代女性にとって、とても大きな励みになります。寿命が延びつつある現代社会では年を取っても充実した生活を送ることに意義があると思います。また年齢に関する固定観念を持たずに足取り軽く生きることは、幾つになっても素敵な女性でいるための秘訣なのではないでしょうか。

書店で販売しているエコバック

街を歩いていると色々な種類のエコバックを目にします。アパレルブランドが手掛けるものや有名ブランドのロゴが入ったものまで様々なデザインや柄のものがあるので、街行く女性を見ているだけでも楽しむことができます。そんな私も現在3種類のエコバックを使っています。買い物に行く時には海外旅行のお土産にもらったフランスのスーパーマーケットの手触りがよい布製バッグ、ちょっとしたお出掛けにはシンプルなゼブラ柄のマチが広いもの、そして最近ある書店のロゴが入ったものを使い始めました。ブックストアが手掛けたということもあり、大きめの本を入れることができるA4サイズのこの布カバンはとても丈夫な作りで、使い勝手も非常によいです。茶色の生地に同系色の花と葉が描かれていて真ん中には味のある字体でこの書店名が入っています。サブカバンとしても使うことが出来て、色々なものを詰め込んで落ち歩いています。何よりも同じものを持っている人がいないのも嬉しいものです。また、移動時間などに読書をすることが多いので、単行本はもちろんのこと文庫本もこの鞄に入れることができるため、長い時間電車に乗る時などはうってつけのアイテムだと感じています。これからも書店が出している布製鞄をチェックして、素敵なデザインのものを見つけたら購入しようともくろんでいます。

大切に温めてゆきたいエッセイ

十年以上前から大好きなアーティストのエッセイを読んできました。読み始めたきっかけは、インターネットのサイトに掲載されていた日記形式のコラムでした。パソコンを開いてこのエッセイを読む事が、当時の日課だったことを昨日のように感じます。あれから月日が経ち、数週間前に訪れた図書館で当時の連載をまとめた本を見つけて早速借りる事にしました。料理のレシピや旅行記、生活のことが書かれていて、ページを進める度に懐かしさと新鮮さを感じます。
この本を書いた女性は、自分のアパレルブランドの作る会社を立ち上げたり、歴史あるファッション雑誌に連載を書いたりと精力的な活動をしてきました。そんな忙しい毎日を送りながらも夫や友人達と過ごす時間を大切にしているところが、私は大好きなのです。彼女の文章を読んでいると私も毎日の生活を充実させ、大好きな人達と過ごす時間を心から楽しみたいという願望に駆られるものです。
そんな心から尊敬する著者に今から5年位前にシンガーソングライターのライブを訪れた時にお会いしたことがあります。話しかけようかどうしようか迷いましたが、偶然遭遇したことが嬉しくて一言も声を掛けずに終わってしまいました。その時も旦那様と友人と楽しそうに談笑をしながらライブの合間にお酒を飲んでいた姿が印象的でした。
現在でもエッセイや料理についての書籍を出版したり、サイトに連載しています。これからも私の生活の一部として、彼女の文章を身近に感じていきたいと思います。

失敗こそが笑いの源

先日、親戚の子供が書き取りの勉強をしていました。ひらがなです。そのドリルをちらりと見て、私はひらがなにも書き順があることを思いだしました。大人の私はもう何十年も書いてきていますが、書き方を疑ったことなどありません。しかしこうして知ってしまうと、自分の書くものは果たして正しいのかと気になりますよね。宿題を邪魔するのはよくないのでちらちらと見ていたら、なんとなく間違いはない……のかな。一安心です。
小学生の頃、漢字の書き取りにはひどく苦労をした覚えがあります。なぜか間違えたまま覚えてしまった一文字。それを正しく覚え直すことができなかったのです。テストの度にバツを貰ってくる私に母が怒って、泣きながらそればかり練習しました。お蔭で今は書くことができますが、同時に当時の苦しみも思いだしてしまいます。
そうはいっても、過ぎたことはもうただの話の種。あの頃は大変だったよで済むのですから、人間とは逞しいものです。聞けばみんなそれぞれ、何がしかの苦労もしていますしね。それでも今こうして一緒にいられるのは、なんて幸福なことでしょう。良くないことは積極的に話して笑い飛ばして、ぜひ次への活力を手に入れたいものです。

電車の中で気になること…

電車での移動といえば、最近ではスマホをチェックすることが目的地までの暇つぶしになっているのでしょうか。漫画などでもよく描かれていた、新聞を広げているオジサンなどはもはや珍しい分類に入ってしまうのかもしれません。しかし、たまに本を読んでいる人を見かけると「おっ」と心の中で思ってしまいます。それも真剣に文庫本を読んでいる姿を見てしまうと、いったいそんなに何の作品を夢中になって読んでいるのかと興味が湧いてしまうのです。
私も本が好きなので、どこかへ行くときには必ずかばんの中に文庫本を忍ばせておきます。移動中なのであまり集中して読めないと思い、短編集かエッセイなどを入れておくのです。けれども、予想外に面白い内容にあたることもあって、電車で移動しているつもりが作品にのめり込んでしまい、目的の駅からだいぶ乗り過ごしてしまったこともあります。
ですから、電車で本を読んでいる人を見ると、手にしている作品も気になりますし、その人が夢中になっていて乗り越してしまったりはしないかと気になってしまうのです。
一瞬でも今自分のいる世界のことを忘れて、どっぷりと本の世界に入り込んでしまうということは何とも不思議な経験でもあります。そんな本に、また出会ってみたいとも思うのです。

本屋さん以外での運命の出会い

私と本との出会いは、たいてい本屋さんか図書館です。ふらふらと本棚の間を背表紙を見ながら歩くことで、「面白そうだな」と何となく手に取って読んでみる…というのがお決まりのパターンでした。
そんな私に、最近では別のパターンが生まれつつあります。本屋さん以外のお気に入りのお店ですが、個人経営の小さな雑貨屋さんや美容院です。何度か通っているうちに顔見知りになり、人懐っこい店主とお店のこと以外にも言葉を交わすようになりました。
その中で、特に美容院の店長は同じく本が好きということが分かったのです。確かに、店内をよく見てみると、普通は女性誌などが多く置かれているものですが、本棚には小説などもちらほら見受けられました。聞いてみると、これらのものは店長の個人的な持ち物ということではありませんか。パーマを当てると数時間かかるものですが、小説などを手にする人は滅多にいなく、本もお店のオブジェのようになっていると店長は笑っていました。
そのラインナップから、私の興味がある作品もあり、何冊か借りていくことになりました。好きな作家や作品のことをあれこれ語り合っているうちに、あっという間にヘアセットは終わってしまいました。借りた本は本来読む予定はなかったものですが、とても面白かったです。運命の出会いに、感謝せずにはおれませんでした。

自分のメモで困ったこと

勉強のために本を読むことがあります。学校や会社で課された宿題のようなものではなく、教養として自分が「必要かな?」と思った時に本を手にすることがあるのです。
勉強なので、さらっと目を通すよりは気になったことをメモしながら読むと頭に入るので、なるべく静かなところでノートを広げて読むようにしています。ところが、自分だけが読んで誰にも見せる必要がないと思い、気が緩んでしまうためかどうしても雑な書付けになってしまうのです。もちろん、本の内容に感心してさらにノートに書き込むのですから、記憶にはとても残りやすくなっています。けれども、細部となると書いたものを見返すことになります。そうすると、自分の筆跡であるはずなのに読むことができないという思わぬ事態が発生するのです。何とか解読することもありますが、そのまま答えを諦めてしまったことも何度かあります。これでは学習の意味がないな…と思いながらも、このちょっとルーズであるくらいがちょうどいいのかもしれません。読み返しができないことは困ってしまいますが、やはり手で書くことである程度の内容は残っています。社会人になってからの学習は、少しルーズであることが長続きするコツかなと思うのです。

他人の評価を知ること

普段から小説を読んでいると、色々な作品に対する他人の評価と言うものが気になってしまうものです。まだ知らない未知の作品にもっともっと出会いたいですし、自分が「これは面白かった」「読んで良かった」と満足できた作品に対する評価が、どのような傾向が多いかというところも気になってしまいます。そして、自分が「この本は良かったよ」と思える作品は身近な人と是非分かち合いたいものですし、感想も聞いてみたいと思います。
そういった周りの評価だったり感想を聞くことで、また新たに作品を選ぶときの参考にもなりますし、たくさんの人の感想を聞くことは純粋に興味深いものがあります。
例えば、自分とはまったく正反対の感想を耳にすると、もう一度その作品を読み返そうという気持ちになりますし、類似した感想を聞くとなんだか仲間を見つけたような安堵感を覚えてしまうのです。そして、自分の中で作品のランク付けをすることで手元にのこしたいものと、いずれ手放しても良いだろうものとの餞別が出来るようになります。こういった意味も踏まえ、色々な人の感想や評価を見てみることで、それぞれの作品に対して、更に理解を深めていくことにも繋がるような気がするのです。