親しき友人に起きた「事件」

ずっと一人身だった友達に、ついに愛しのダーリンが出来たとメールが入ってきました。タイトルが「事件」だったので最初は何事かと読んでいる本を落としてしまうほどでした。内容を確認すると、それは確かに事件でした(笑)。まだお付き合いを始めて2カ月ほどらしいですが、お互いいい感じだとわかってきたので友達も教えてくれたそうです。最初はなかなか不安だったらしく、上手く行くのかどうなるのかもやもやしていたので、様子を見ていたそうです。写真を送ってもらうと、とっても朗らかそうな人でその事を伝えると、見たまんまの人だよと返事が返ってきました。少し臆病で自分の言いたい事もなかなか言えない友達なので、穏やかそうな人が相手でちょっと安心しました。3才年上だそうでそれも尚オッケーだと思いました。だれか引っ張ってくれる人がいいんではないかとずっと思っていたので。でもこれで遊ぶ時間が減るなとちょっと寂しくなってみたり。女の子って彼氏が出来ると偏ってしまいがちですよね。でも、いいパートナーが出来る事はとても嬉しい事です。今度近いうちに会わせてくれるとも言っていたので楽しみです。仲のいい友達に嬉しい事や楽しい事が起こると、連鎖してこっちも嬉しくなってきます。2人が上手く行くといいなと思っています。

日本語って難しい?

ひらがなとカタカナはいつできたのか。子供むけの新聞に、そんな記事が載っていました。確か日本人は昔、中国から伝わって来た漢文を読んでいたんですよね。でもそれは限られた人が使う言葉だったはず。漢文の補助にひらがなやカタカナが生まれた……というのが私の知識でしたが、記事にもそのようなことが書かれていました。だからその内容にはそう驚かなかったのですが、ひらがなとカタカナが生まれたことにより、日本語の学習は難しいものになっているというのは驚きでした。外国人が学習するときに、ということですよね。まあ……数が少ないアルファベットに対してひらがなやカタカナは数が多いですし、漢字なんかもっともっとたくさんありますからね。それに日本語の助詞の使い方とかも大変なのかもしれませんよね。小さい子はよく間違えますし。私達は子供の頃から英語を習っていて、でも話せない人が多くて。残念ながら私もその一人ではあるのですが、英語が話せないからだめだなんて勝手に思っていました。でもこうして記事を読むと、なんか日本語が話せる自分達も案外すごい気がしてきます。生まれ育った国の言葉だから、ということにしてもです。ひらがなや漢字が混じる文章は、美しいと私は思っています。いつか英語のように、日本語が世界に広がればいいのになあ。

豆本という本を見ました

偶然目にした豆本に心ひかれています。手のひらサイズよりもずっと小さな本です。でもページはキチンとあって、ちゃんとめくることもできて、文章も書いてあるんですよ。すごいですよねえ。お人形さんの本みたい。だいぶ前に買ったお菓子についていた、おまけの絵本を思い出しました。人はどうして、物を小さくしようと考えるんでしょうねえ。ドールハウスや人形や、電車の模型やその他数え上げたらきりがないくらい。小さなものが趣味の世界にはごろごろしています。人間の家なら人が住めるけれど、ドールハウスは住めないし、電車だって乗れないし、まるで実用的じゃないのに、それでもみんな、作るんですよね。豆本だって文章量を考えたら全然少ないんですよ。でもその小さなサイズが魅力的なんです。他の物もそうなのかしら。それとも、実際の物は手に入れられないから小さな物を求めるのかな。単にきれいだからとかかっこいいからとか、そんな理由もあるかもしれませんね。私はぬいぐるみをたくさん持っていますが、集めた理由はかわいいから、ですもの。もしかして、手のこんだ小さな物は、みんなの愛と夢が詰まっているのかな。自分的になんとなく結論が出ました。好きに理由は、いらないんですね。

愛犬の失態?

我が家には昔から犬がいます。今現在も2匹いて、すっかり家族の一員です。そのうちの一匹が、最近面白い動きをするようになりました。突然跳ね起きたかと思うと、首をかしげて後ろを振り返っているんです。最初は何をしているんだろうと思っていましたが、そのうち謎が解けました。以前まで飼っていた犬は中型だったので、個室には出入り禁止にしていたのですが、この子達は小さいので、家のどこへでも出入りオッケーとしました。このまえ雑誌を読んでいると、いつもの様にちょこちょことやってきて、横で昼寝を始めたんです。そしたら「プッ」と音がして、愛犬はあの奇妙な行動をとったんです。跳ね起きて自分のお尻のほうを見て首をかしげ、そのあと私をみて「今の音はなに??」という顔をしてきたのです。思わず笑ってしまいました。自分のおならにびっくりして飛び起きてたなんて。たしかに普段はすかしっぺが多いのかもしれませんが、それでも、自分の体から出てる音ぐらいはわかるもんでは無いのでしょうか?というのがオーナーの気持ちです。とにかくそれ以来、あの奇妙な行動の原因がわかったので、それをする度に笑ってしまう私です。なんとも些細な事ですが、私の心を朗らかにする日常の一面です。

プラモデル工場について読みました

工場見学ではないけれど、本でプラモデル工場の作業を知ることができました。まずは設計担当の方がロボットの外見から設計図を描くそうです。それをもとにパーツの試作品を作り、外見や作り方や動き方についてチェックと修正を重ねて、やっとオッケーとなった後に、私達の手元に届く売り物のプラモデルになると書かれていました。私には興味のない世界だったので考えたことはありませんでしたが、大変なんですね……。だって大きいものとかそれこそ百以上のパーツがあるんでしょう?もしかしたら千を超えるのかな。詳しいことはわからないので想像をしています。そして超特大の戦艦大和とか売っているのを見ますが、作ることを考えるとぞっとしますね。一体いくつの部品があって、工程があるんでしょう。不器用な私は、作る人を心から尊敬します。そうそう、試作品ですが、パーツの型どおりに金属を削るらしいんですが、その削る作業、機械の後は手作業なんですって。それで0.01ミリのずれもないようにするなんてまさに職人技、神業ですよね。偶然読んだ文章で、すごい世界を知ることができました。子供の玩具のプラモデルもなかなか侮れません。こんな苦労の上で作られているんですもの。大人も夢中になるわけです。

トイレに行くための本があるそうです

布団を出るのが嫌だったのでトイレを我慢して寝たら、朝起きたときもトイレに行きたくて、ああこれで子供だったらおねしょをするのかなあと思いました。絵本にトイレが題材のものってけっこうありますもんね。子供があの狭い空間を怖くなくなるようにかな。それとも、失敗を怖がらなくなるようにかもしれませんね。いつだったか新聞で読んだのでが、大きい方のトイレって、学校でしたくなっても我慢してしまう子が多いんですって。恥ずかしいとか馬鹿にされるとか理由はあるようですが、それで便秘になってしまって大変だとか。だから学校でトイレに行ってもいいんだよ、恥ずかしくないんだよ、って内容の本があるらしいです。なるほど、画期的だなあと感心したのを覚えています。小学生に大事なことは、勉強もですが、それよりも仲間と行動することの大切さや大変さを学ぶことですよね。トイレなんて誰でも行くんだから、そんなことは本当は馬鹿にしちゃいけないんですよ。どうして恥ずかしいことなんていう認識になってしまっているんだろう。……偉そうに言っても、私が子供の頃もそうでしたけど。おかしな話です。そんなことを気にして健康を害するよりは、子供なのだから、元気いっぱい遊んでいてほしいです。

楽しいけどこわ~い祖母の家

祖母の家に遊びに行くと、いつも面白いものが見られます。いつもというか、いま現在の「新しい家」では見られない貴重な物、と言うべきでしょうか。ぼっとん便所に、釜のお風呂、敷居は高いし、とにかく造りが古いんです。今思えば、子どもの頃はそんな祖母の家に行くのが楽しかったけど、怖かった記憶もあります。トイレは外だし、ぼっとんだし、お化けでそうだし、夜トイレに行く時は、いつも母親を起こして一緒に来てもらったものです。お風呂に入るのも一苦労で、割った薪を風呂釜の下に入れて、竹筒で空気を送り込み火をおこす。今ではボタン一つ、ピッで終わる事が、昔々は大変だったんだと思わされました。風呂釜の中には、触ってはいけない部分があって、そういわれると触ってみたくなるのが子どもってもんで・・・。ついつい触ってしまうんですよね。それがあっついのなんのって!でも、今となってはよき思い出です。祖母の話を聞くのもいい時間だし、昔の色々な事を教えてくれます。年に何回かしか訪れる事が出来ないけど、いつ行っても楽しい祖母の家。古い家ですが、思い出があるという祖母は、その家が今でも大好きなんだそうです。祖母にはいつまでも長生きして欲しいと思っています。

お城に宿泊する夢

叶わないけど、叶うといいなと思う夢があります。私の中には夢は2種類あって、追いかけて目標を掲げて目指していく夢と、もう一つはいわゆるただの夢です(笑)。ただの夢の中に、テレビとかで目にするような大きなお城に泊まってみたいんです!あんな大きな場所に住んでみたいとはちょっと思いません。だってお掃除とか大変そうで(笑)。どの部屋にどれがしまってあるとか、どこになんの部屋あるとか、めんどくさそうなので住むのは嫌なんです。でも、2泊3日とかで、夢のひと時みたいな感じで泊まってみるのはいいなぁと思うんです。ひと時のものだからこそいいと思えるものの中の一つです。といっても他に何かあるわけではないんですが。あのひろーいダイニングにあるながーいテーブルで、端っこと端っこに座りあって取る食事って面白そうじゃないですか?なんでそんなに遠いんだって感じですけど、それも普段体験できない事の一つです。猫足のバスタブにつかってみたい!大理石の広場でお茶してみたい。足裏マッサージをうけながらマンガを読んだり、天蓋つきのベッドでテレビをみたり。なかなか普通の場所じゃー経験できなさそうでしょ?まぁ、そんな事は起こらないと思うけど、もしミラクルで起こったら楽しいひと時になるのは間違いありません!

友達は多く無くてもいい。

友達は多ければ多いほどいいと思っていたが、最近はそうでもないという事が見えてきました。昔は、出会った人みんなと友達になりたいと思っていました。でも、不可能なことにやっと気づいたんです。自分が自分であるには、出会う人出合う人に自分を変えるわけにはいきません。がさつな人もいれば丁寧な人もいる、頑固な人もいれば柔軟な人もいる。そんな百人いれば百違う性格の人みんなに合わせていたら、自分を見失うことにやっと気づいたんです。遅いですけど。仲のいい友達は、少なくてもいい。相手の趣味がわかり、一緒にいて疲れない相手。それが一番なんです。何を言わなくても誕生日に好きな本をプレゼントしてくれる。あ、うんの呼吸で会話が出来る相手、そんな友達をこれからもずっと大事にしていきたいんです。数えるほどしかいませんが、そんなもんなんだと思います。仕事場とかでは、ある程度八方美人でいなければいけませんが、プライベートは気持ちよく過ごしたい。使い分けも大事ですよね。今度の親友の誕生日には、彼女だがい好きなサスペンス小説をどっさり買って上げるつもりです。昔から大好きで、小説といえばサスペンスばっかり読んでますから・・・。きっと、喜んでくれると思っています。

夢と現実のギャップ、でも・・・

子供の頃の私の夢は、可愛い雑貨屋さん、新しい服が手に入るお洒落なお店、おいしいレストランが周りにある、かわいらしい家(マンションやアパート)に住むのが夢でした。現実は大きく異なり、もっと実用性の高い場所に住んでいます。近くにやっすいスーパーがあって、コンビニはすぐそこ、薬局も近くにあって、本屋が何件か近くにあるところに住んでいます。おしゃれ、かわいいといった外見の世界観から、便利で生活に必要な物が近くにあるものの近くにすんでいます。家賃もお手ごろで、満足しています。子供の頃は、こんな所に住むなんて、正直思っていませんでした。こんな所といったら聞こえが悪いですが、子供の頃は、それだけ夢の世界に住んでいたということです(笑)。住み始めたころから、便利なことに気がつき、もう住んで長くなります。おいしいレストランなんて、そんな毎日行くもんじゃないし、洋服も毎日買うもんじゃない。そうなると、緊急で必要になる薬局が近い、趣味が読書なので本屋が近いのは助かる、疲れたときにお弁当が変えるスーパーやコンビニがすぐそこというのは大助かり。夢と現実はほど遠かったですが、この現実には大変満足しています。その代わり、休みの日は、友達とランチを楽しんだり、ショッピングを楽しみに出かけています。